最初の一音が鳴った瞬間に、これは違う、と直感した。

天音のピアノは、普通とは違う。ただピアノを習ったことがあって、楽譜が読めてその通りに弾けるだけのわたしのような人間とは、何かが決定的に違う。

こういう音を、本物、と言うのだろうか。

ただ鍵盤と連動したハンマーが弦を打って鳴らされるだけの無感情な音とは違う、圧倒的に奥深さと広がりと厚みのある音。

でも、ただ強いだけじゃなくて、やわらかくて優しくて、どうしようもなく切ない音。

すっと水が染み込むように鼓膜を震わせて、するすると身体の中に入ってきて、心を揺さぶられずにはいられない。

気がつくと、瞬きすら忘れて天音の指を見つめていた。春の花の周りを舞う蝶のように、軽やかに優雅に動き回るほっそりと長い指。

「すごい……」

思わずつぶやくと、あかりさんがちらりと振り向いてわたしに頷いた。

天音は周りの音などなにも聞こえないみたいに、ただピアノだけを見つめながら、全身を使って演奏している。

その姿を見て、わたしは初めて、ピアノは指だけで弾くものではないのだと知った。

頭も心も身体も全てをピアノだけに集中させて、全身全霊の力が十本の指先に宿って、そうして初めて『本物の音』が鳴るのだ。

楽譜を読んで、その音符通りに指を動かして鍵盤をたたくだけでは、ピアノの演奏とは言えない。そんなのは機械と変わらない。

ちゃんと魂を込めて弾くというのは、こういうことなんだ。