「ああ、あのピアノね」

あかりさんが頷いて、天音に向かって言葉を続ける。

「前はピアノを弾けるお客さんが演奏してくれたりしてたのよ。たまにはピアノの先生とかピアニストの方に弾いていただいたりね。常連さんたちは楽しみにしてくれてたんだけど、最近は全く……調律だけはしてるんだけどね。宝の持ち腐れよね、もったいない」

少し寂しそうにピアノを見つめていたあかりさんが、ふいにわたしを見た。

「あっ、遥ちゃん、たしかピアノを習っててよく弾いてくれてたわよね」

「あ、そうですね……はい」

「そうよね、懐かしいわ。ねえ、よかったら、また弾いてみてくれない? 久しぶりに遥ちゃんのピアノが聞きたいわ」

「えっ……あの、」

わたしは言葉につまってうつむく。

ピアノは二年以上前にやめていた。

中学二年の発表会の後に教室をやめて、それ以来一度もピアノには触っていない。

習っていた頃は初見でも楽譜を見ればひととおり弾けたけれど、今は絶対に無理だ。暗譜していたいくつかの曲でさえ、ほとんど忘れてしまった。

発表会のために指が勝手に動くほど練習した曲ならまだうっすら覚えていて、かろうじて弾けるだろうけれど、ただでさえ下手だったわたしはそれだって人前で弾けるような状態ではないと思う。