招かれるままに二人で店に入り、さっきのテーブルに向かい合って腰かけた。

「彼、お名前は?」

あかりさんがわたしに訊ねてくる。天音が声を出して話さないことに気がついたのだろう。

「天音っていうそうです」
「天の音、かしら。綺麗な名前ね」

彼女が微笑んで天音に言うと、彼は小さく頭を下げた。

それからまたさらさらとペンを走らせる。

しばらく書いてから、彼はあかりさんにノートを見せた。

『芹澤天音といいます。お招きいただきありがとうございます。すてきなお店ですね』

「まあ、ありがとう。飲み物は何がいいかしら? ご馳走するから、好きなものを選んで」

そう言われて、天音は軽く目を見張ってわたしを見る。

促すように頷き返すと、彼はあかりさんに向かってわたしの前のクリームソーダを指差した。

「クリームソーダでいいかしら」

天音がこくりと頷く。

「承りました。じゃあ、少し待っててね。どうぞごゆっくり」

あかりさんがわたしと天音に微笑みかけてカウンターの中へと戻っていった。

二人になって、黙って向かい合う。

勢いで声をかけたはいいものの、わざわざ呼び止めるほどの用事もないわたしは、言葉に困ってしまう。

すると彼がペンをとった。

『久しぶり』

やわらかく微笑みながら、ノートをわたしに見せる。

わたしは笑って頷き返しながら、彼がしゃべらないのはどうしてなんだろう、と少し考えた。

こちらの言葉にはちゃんと応えてくれるから、耳が聞こえないわけではなさそうだ。

ということは、声が出せない喉の病気か何かなのだろうか。