わたしは驚きのあまり、口を押さえながら彼を見上げた。

その整った横顔は、やっぱり見たこともない顔で、それなのにどうしてこんなに優しくしてくれるんだろうとびっくりした。

彼は申し訳なさそうな表情で、

『ここだとみんな見てるから落ち着かないだろ。知らない男に触られるとか嫌だと思うけど、ちょっとだけ我慢してな』

と言って、わたしを抱いたまま保健室のほうへと歩き出した。

彼は振動が少なくなるようにゆっくり歩いてくれたけれど、やっぱり気持ちの悪さには勝てなくて、途中で吐いてしまった。

ハンカチでは押さえきれずに、吐いたものが廊下に落ちてしまい、しかも彼方くんの服にもついてしまった。

吐いたことで少しすっきりして話せるようになったわたしは、彼の服と廊下を汚してしまったことに青ざめ、何度も何度も謝った。

でも彼方くんは、『謝らなくていいって』と笑ってくれた。

『廊下は後で俺が拭いとくから気にしないで。服も、部活の着替えあるから大丈夫』

それでも申し訳なくて仕方がなかったから、わたしは繰り返し謝った。

わたしが拭くから、と言っても、俺がやるからいいって、と笑って返された。

『俺も小学生のとき、みんないる前で給食の牛乳吐いちゃったことあるんだ。真っ赤になりながらぞうきんで拭いたよ。何人か手伝ってくれたの嬉しかったけど、めっちゃ恥ずかしかったなー。あ、俺と一緒にすんなって話だよな、女の子だもんな、俺の千倍は恥ずかしいよな』

彼がそんなふうに明るく言ってくれたおかげで、死んでしまいたいくらいショックを受けていたわたしは、本当に救われた。

こんなに優しい男の子には会ったことがない、と思った。

その瞬間に、恋に落ちたのだ。