しばらくして、わたしはそっと口を開いた。

「……こんにちは」

彼は答えなかった。

まるでなにも聞こえていないかのように、ぴくりとも動かなかった。

ただ、その綺麗な瞳でじっとわたしを見つめているだけ。

わたしの唇から流れ出した言葉は、行く先を失って、二人の間の空虚な空間にふわふわと漂っていた。

それがあんまり淋しくて、ひとりぼっちの言葉に続けるように、わたしはもう一度口を開く。

「どうして、泣いてるの?」

彼の静けさを邪魔しないように、そっと囁くように訊ねると、彼はゆっくりと瞬きをした。

それから、ふわりと首をかしげて、涙を浮かべたまま微笑んだ。

まるで、綿菓子が春の雨に溶けるような、そんな微笑み方だった。

思わず見とれていると、彼はゆっくりと手をあげて、人さし指でこちらを差した。

その白い指先は、どうやらわたしの顔に向けられている。