――そのときだった。

わたしの嗚咽と泣き声の合間に、なにか、かすかな音が聞こえてきた。

誰もいないと思い込んでいたから、驚いて息がとまり、するとその音がはっきりと聞こえてくる。

これは、歌だ。

感情に任せて張り上げるような強い歌声ではない。柔らかく、密やかに、慎ましく、空間を満たす優しい優しい歌。

その声を聞いていると、不思議な感覚に全身を包まれた。

そっと柔らかく肌を濡らす霧雨のような。穏やかに降り注ぐ春の木洩れ陽のような。

頭上の桜が満開に咲き誇って、無数の花びらが風に踊って、桜吹雪に包まれているような。

そんな幻想を抱かせる、そっと囁くような微かな歌声。

今までに味わったことのない不思議な感覚に、わたしの涙はすっかり乾いてしまった。

ゆっくりと瞬きをして、声の聞こえてきたほうへと顔をあげた。

桜の木の向こうから降り注ぐ、冬の初めの柔らかくて淡い光に目を細める。

それと同時に、ぱきっと枝の鳴る音がして、わたしの目の前に、男の子が降ってきた。