わたしはぽかんと口を開いたまま彼を見つめた。

「がん、ばれ」

そう言って、天音は喉から手を話すと、嬉しそうに、何かから解放されたように、ふわりと微笑んだ。

冷たい冷たい雪が、温かい春の陽射しを浴びて、じわりと溶けていくように。

「――天音。声……」

彼が目を細めてわたしに頷きかけた。

その顔を見た瞬間、わたしの目からぶわっと涙が溢れ出してきた。

「よ……よかったね、天音……」

わたしは両手で顔を覆って、うめくように言う。

びっくりしすぎて、震えはすっかり止まっていた。

天音がくすりと笑って、わたしの頭にぽん、と手を置いた。そこから力が注ぎ込まれてくるような感覚。

よし、弾ける。弾こう。

わたしは前に向き直って、鍵盤に手を置いた。

ひとつめの音を鳴らした途端、ふっと肩が軽くなる。あんなに緊張していたのに、弾き始めてしまえば、身体が覚えているように指が勝手に動いていく。

やっぱり綺麗なメロディだな、とうっとりする。

曲の真ん中あたりまで来たとき、突然、天音がわたしの隣に腰を下ろした。長い指がすっと鍵盤に伸びてくる。

驚いているうちに、彼がわたしと同じ旋律を弾き始めた。

パッヘルベルのカノンは、同じ旋律が追いかけっこをするようにどんどん重なっていき、美しいハーモニーを奏でる曲だ。いくつものメロディが合わさってできあがる奇跡の調和なので、ピアノで弾くときは、独奏よりも連弾のほうがずっと綺麗に聴こえる。

天音はわたしが独奏用の演奏をするのに合わせて、高音と低音をうまく補うようにメロディを重ねてくれる。