わたしは息を整えながら視線を巡らせ、店の真ん中に移動されたピアノに目を止めた。

窓から射し込む光に照らし出されて、美しくつやめくピアノ。

どうか無事に最後まで弾けますように、と心の中で祈りを捧げてから、わたしは「手伝います」とカウンターに駆け寄った。

満席のテーブルに次々と飲み物を運んでいるうちに、入り口のベルが鳴って天音が入ってきた。

「おはよ、天音」

声をかけると、彼はにこりと頷いた。荷物を置くと、すぐに手伝いに来てくれる。

それからしばらく、注文をとったり食事や飲み物を運んだりするのに忙しく、気がついたら演奏会の始まりの時間になっていた。

「さて、お客さんもそろったし、そろそろ始めましょうか」

洗い物を終えたあかりさんがタオルで手を拭きながら言ったのを聞いた瞬間、突然一気に心拍数が上がったのを感じた。

とうとう今からみんなの前でピアノを弾く。それを実感して、かっと頭に血が昇る感覚を覚える。

ずっと心の準備をしていて、練習だってこれ以上ないくらいに頑張った。それなのにどうしてこんなに緊張するんだろう。

ばくばくと激しく脈うつ心臓の音が、耳の中で轟音になって暴れ回る。わたしはうまく息もできないまま、ぴくりとも動けずに立ちすくんでいた。

そうしている間にも、あかりさんはピアノの準備をしている。蓋を開けて、鍵盤の上のキーカバーを外し、椅子を置く。それからお客さんたちに「今からピアノの演奏が始まりますよ」と声をかける。

着々と進む準備に、焦りから頭が真っ白になった。