「こんにちは」

入り口の扉を開けると、喫茶あかりの中にはいつになくたくさんの人がいた。

「遥ちゃん、今日はありがとね」

あかりさんがすぐに声をかけてくれた。わたしは「こちらこそ」と答える。

「誘ってくださって嬉しかったです」

「急なお願いなのに聞いてくれて助かったわ」

「いえ。わたしも……お客さんの前で弾きたいなって思ってたので」

今日これからわたしは、この店でピアノを弾くことになっている。たくさんの常連客が集まった中で、ピアノ演奏を披露するのだ。

ずっと使われていなかったピアノを天音が弾いたことで、お客さんからピアノを聴きながらお茶をするのもいいという声をもらって、あかりさん自身もせっかくのピアノを無駄にしたくなかったらしく、クリスマスイブに合わせてちょっとした演奏会を開くことになった。

初めは、あかりさんの知り合いの娘さんで音大に通っている人がいるということで、その人に演奏を頼む予定だったのだけれど、学校の都合で急に出られなくなってしまったらしい。

それで、三日前にあかりさんから、わたしか天音にピアノを弾いてもらえないかと頼まれたのだ。

そしてわたしは、これがいい機会だと思って、演奏を引き受けることにした。

天音にも声をかけてみたけれど、申し訳なさそうに『ごめん』と謝られた。翔希くんとは仲直りできたけれど、まだピアノを弾けるほどには回復できていないんだろうと思った。

ピアニスト役を務めることが決まってから、わたしは毎日家で練習をした。急にどうしたの、とお母さんが驚くくらいに、何時間も練習し続けた。

曲は、ピアノ教室に通っていた頃の最後の発表会で弾いたものを選んだ。

まだ指が覚えているに違いないと思っていたのに、楽譜を見ながらでもたどたどしくしか弾けないほど下手になっていて、引っかからずに最後まで通して弾けるようになるまでかなり時間がかかった。

でも、必死の練習の成果が出て、なんとか今はほとんど止まることなく演奏できるようになっている。