「それにさ、あの怪我も兄ちゃんのせいなんかじゃないよ」

天音が首を振って否定する。それを遮るように翔希くんが続けた。

「おれ、あの時、兄ちゃんがいなくなったのをいいことに、やるなって言われてたのにブランコから飛び降りて遊んでたんだ。親父からも母さんからも兄ちゃんからも、いつも怒られてたのに。誰もいないからこれはチャンスだって思って。で、何回目かで失敗して落っこちて、戻ってきたブランコが頭に当たった。バカだろ。だから、おれは自分のせいで骨折ったってだけ。兄ちゃんは全然悪くない」

天音がノートにペンを走らせる。

『でも、僕は兄だから、翔希のそばを離れちゃいけなかった。僕が逃げたせいで翔希が怪我したんだよ』

「それについては、親父が言ってたじゃん。天音もまだ子どもなのに、任せきりにしちゃった親が悪かった、って。それに、あれくらいの怪我、男ならみんなガキのころに一回くらいしてるだろ。おれだけが特別ってわけじゃない。兄ちゃんが気にすることじゃないよ、本当に」

『でも』

さらに反論しようとした天音の手が握っているペンを、翔希くんがぐっとつかんで止めた。

「おれ、兄ちゃんの歌とピアノ好きだったよ」

突然の言葉に、天音がはっとしたように目を見張った。

翔希くんが、ふっと笑って続ける。

「あんな綺麗な声も、あんな優しい音も聞いたことないって、いつも感激してた。やめちゃったのもったいないと思う。また弾いて欲しいし、また歌って欲しいよ。おれはまた聞きたい。兄ちゃんの歌とピアノを」