「おれ、本当は昔から絵が好きだったんですよね」

突然、ぽつりと翔希くんが言った。

「でも、親父がずっとおれにはサッカー選手になって欲しいって言ってて。おれが生まれてすぐ母親が死んじゃって、親父は男手ひとつでめちゃくちゃ頑張って育ててくれてたから、期待に応えたいっていうのがあって、サッカーとにかく頑張って、絵は誰にも見つからないようにこそこそ描いてた。兄ちゃんも知らなかっただろ?」

翔希くんが天音を見ながら言った。天音はポケットからノートを取り出して答えを書く。

『全然気づかなかった』

翔希くんが頷いてから、使い込まれびっしりと文字が書き込まれたノートをじっと見て、また目を上げて天音の顔を凝視する。

天音は声もなく首を傾げて、『どうしたの?』と唇の動きだけで言った。

すると翔希くんはうつむき、ぽつりと口を開いた。

「……あのさ、ずっと訊けなかったんだけど……兄ちゃんのそれって、おれのせい?」

天音が息をのんで翔希くんを見た。

「おれのせいなんだよな」

翔希くんが悲しそうに頬笑む。

「おれが怪我したせいなんだろ? あれからしばらくして、兄ちゃん全然しゃべらなくなったもんな」

天音はさっきよりもずっと必死に首を振って強く否定したけれど、翔希くんは全て察しているような顔をしていた。

「最初はショックで塞ぎ込んでるだけなのかなと思って、何も言えなかったんだ。でも、いつまで経っても話さないし、気づいたら筆談しかしなくなってて、気になったけど、でも今さらあのときの話を蒸し返すのもどうなんだろうって思って、まあ兄ちゃんからしたら嫌な話題だろうし、それで結局聞けずにそのままにしちゃってたんだけど……」

翔希くんが言葉を切って、ふっと息を吐いた。天音は戸惑いを隠せないように弟を見つめている。