さっきと同じように、微動だにせずにペンを動かし続ける背中。

「翔希くん、ちょっといい?」

声をかけたけれど、反応がない。

もう一度「翔希くん」と呼びかけると、一拍置いてから顔を上げて振り向いてくれた。たぶん、集中しすぎて気づかなかったんだろう。

「なんですか」と言いつつまた作業に戻った背中に、「ねえ、突然だけど」と声をかける。

「もしよければ、これ、一緒に行かない?」

わたしは鞄を開けてファイルを取り出した。その中に入れていたチケットとポスター。遠子から渡されたものだ。

「このコンクールにね、わたしの友達が入選して、絵が飾られるの」

わたしの言葉に、かりかりと鳴りつづけていたペンの音がやんだ。翔希くんが振り向いて立ち上がる。

「絵のコンクール? 高校生の?」

翔希くんが興味を示したことに驚いたのか、天音がかすかに息をのんだのが分かった。

「うん、そう。高校生だけじゃなくて、大人の作品も飾られるんだって」

「へえ……。それ、おれも観に行っていいんですか」

「うん、誰でも観に行っていいって言ってたよ」

「そうですか……行きます」

翔希くんがわたしの手からチケットを受け取った。ポスターのほうも興味深そうに覗き込んでいるので、わたしはそれも渡した。

「わたしは友達からまたもらえるから」

「ありがとうございます」

翔希くんが微笑んで頭を下げた。あまり似ていないと思っていたけれど、笑ったときの口許は天音にそっくりだった。

それから翔希くんはすぐに机に戻って、また絵を描き始めた。その背中が、彼がどれだけ絵を描くことが好きなのかを物語っている。

わたしは天音を見上げて笑みを浮かべた。彼は、まだ何か信じられないような、呆然とした表情をしていた。