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天音はそこで、ゆっくりとペンを置いた。

静かに紡がれる文字を、瞬きも呼吸も言葉も忘れてただひたすら目で追っていたわたしは、瞼を閉じて細く息を吐いた。

ノートの何ページにも渡って書かれた、天音の過去。

淡々とした語り口で、落ち着いた筆致で書かれてはいたけれど、その行間から彼の味わった酷い苦しみや激しい後悔の思いが滲み出してくるようで、わたしは耐えがたいほどの胸の痛みを覚えた。

天音はこんなに苦しんできたんだ、と初めて知って、心臓を抉られるような気持ちがした。

彼の穏やかな笑顔と優しい言葉の向こうには、どうしようもないほどの罪悪感が潜んでいたのだ。

わたしはなんにも知らなかった。彼がこんな思いをして生きてきたこと、生きていることを、全く知らなかった。

彼が声を失ってしまった原因が、こんなにもどうしようもない苦い過去にあったなんて、思いもしなかった。

何も知らないのをいいことに、彼の気持ちなんて少しも考えずに、病院に行って治療を受ければ、カウンセリングやリハビリをすれば治る、なんて無神経で無責任なことを言ってしまった。

それが彼のためになる、彼を喜ばせることができると思い込んで、自分勝手な正義感をふりかざして、一方的に押しつけた。

あのとき天音は、一体どんな気持ちになったんだろう。きっと深く深く傷ついたに違いない。

数日前の自分を殴りつけたい。そして、全部なかったことにしてしまいたかった。

でも、そんなのは無理だ。もう言ってしまったこと、やってしまったことは、取り返しがつかないのだ。