もしかして、声にコンプレックスでもあるんだろうか。でも、とわたしは戸惑う。

「どうして? だって、天音、あんなに綺麗な声で歌ってたのに」

天音はうつむいてゆっくりと首を振る。

『僕にはもう歌う資格がない』

「資格って、なに……? 歌うのに資格なんかないよ。歌いたいなら歌えばいいでしょ」

わたしは至極まっとうなことを言っていると思う。歌う資格なんて聞いたこともない。誰だって歌いたい時に歌えばいいはずだ。

それでも天音は頑なに首を振り続けた。

「……どうしてそんなふうに思うの? 何かきっかけがあったの?」

そっと訊ねると、天音は硝子玉みたいな瞳でわたしを見て、どこか寂しそうに笑った。

それから、ゆっくりとペンを動かして、こう書いた。

『遥には迷惑かけたから、話さなきゃいけないかな』

今度はわたしが首を振り、

「話したくないなら聞かないよ。無理してまで話してもらう必要ない」

と言った。もうこれ以上天音に嫌な思いはさせたくなかった。

これでこの話は終わりにしよう、と思った矢先。

『そう言われるなんか話したい気がしてきた』

ノートに書かれた言葉を見て、わたしはぽかんと口を開いたままで彼を見上げる。

天音はくすりと笑みをもらした。久しぶりに見た彼の笑顔に、胸がじんわり温かくなる。

『もし遥の都合が大丈夫なら、今からついてきて欲しい場所があるんだけど、いいかな』

わたしは一瞬目を見開いてから、「うん!」と大きく頷いた。