それからお父さんはゆっくりと瞬きをして、穏やかな声で語った。

「夢なんかなくたって、自分がやりたい仕事じゃなくたって、自分を必要としてくれる場所があれば、そこで出来る限り精いっぱい頑張ればいい。求められた場所で、与えられた仕事を頑張る。それだけでも十分に大変なことだし、それをしっかりできるなら、その人は素晴らしい人だと思う」

さあっと霧が晴れたように、気持ちが楽になった。そんな考え方があるなんて思いもしなかった。

将来の夢を見つけなきゃ、行きたい大学を決めなきゃ、やりたい仕事を探さなくちゃ、という焦りで頭がいっぱいになっていた。でも、そんなに思い詰めなくてもいいのだと、お父さんが言ってくれている気がした。

「人間はみんな違う。性格も、考え方も、生き方も。親子でも兄弟でも違って当然だ。だから、言いたいことがあれば言ってもいいんだぞ。自分の気持ちを主張すればいい。母さん相手だからって、遠慮することはない」

わたしはお父さんに頷いて、ふふっと笑った。

「……お母さんと、話してくる」

お父さんは少し目を丸くしてから「そうか」と微笑んだ。

「偉いね。遥はいい子だ。父さんの自慢の娘だよ」

わたしは涙をまた一粒こぼして、「ありがとう」と笑い返した。