「ちょっとは遥に気つかえばいいのに、ほんと無神経」

いらいらしたように彼女が続けると、まるでその声が聞こえたかのように、遠子の小さな頭がこちらを振り向いた。

とたんに彼女は彼方くんと距離をとり、早足で旧館のほうへと向かっていく。

わたしは目を逸らして、自分の足下をじっと見つめた。

目の奥のほうが熱く、痛くなってくる。

だめだ、こんなんじゃ。わたしは自分を励まし、顔を上げて香奈に笑いかける。

「付き合ってるんだから、一緒にいるのは当たり前だよ」

わたしの言葉に、香奈はさらに顔を歪めた。

「ほんとにそう思ってんの? 遥。横取りされたのに、少しも恨んでないの?」

「あはは、横取りなんて、そんなんじゃないよ。だってわたしは彼方くんに告白したけど振られたんだもん。遠子はわたしに遠慮してたけど、本当はずっと彼方くんのこと好きだったから、付き合うことにしただけだよ。遠子は何も悪くないよ」

「でも、遥のほうが先に彼方くんのこと好きだって言ってたのに、普通オーケーする?」

どきりとした。

思わず足を止め、慌てて笑みを浮かべる。

「ごめん、用事思い出した。先に帰るね」

わたしは明るく告げて、目を丸くしてこちらを見ている二人から離れた。


小走りで玄関まで戻り、早足で廊下を歩く。

ずきずきと胸が痛んでいた。