「ねえ、お母さん」

その日、家に帰ってから、わたしはダイニングテーブルで仕事をしているお母さんの背中に声をかけた。

「何?」

お母さんはちらりと振り向いてから、「今忙しいんだけど」とまた下を向いて書類をめくり始める。

「あ、ごめん、ちょっと聞きたいことがあって」

「そう。何?」

「あの、お兄ちゃんって、次いつ帰ってくるか分かる?」

「悠? 」

お母さんが怪訝そうにわたしを見た。

「珍しいわね、遥が悠の帰省を気にするなんて。どういう風の吹き回し?」

「ちょっと、お兄ちゃんに聞きたいことがあって」

「そう。でも、次の帰省は聞いてないわよ。それにお兄ちゃんは遥と違って勉強で忙しいんだから、あんまり邪魔しちゃだめよ」

「……うん、分かった」

ただお兄ちゃんの帰省の予定を知りたかっただけなのに、小言を言われてしまった。お母さんは、いつもわたしを怒れるきっかけを探しているんじゃないかと疑ってしまう。

医学部に通って医者を目指している優秀なお兄ちゃんに比べて、勉強もできず趣味もなく日々をぼんやり過ごしているだけのわたしは、お母さんからみたらすごく情けなくて恥ずかしい娘なんだろう。

親戚やお母さんの知り合いと会ったときも、いつも『上の息子は真面目で頑張り屋だから安心なんだけど、この子はのんびりしてるから困っちゃう』と紹介される。それは本当のことだし、もう言われ慣れたけれど。