「なあ、もしかして、お前、芹澤?」

彼の目はまっすぐに天音を見ていた。天音を見上げると、大きく目を見開いて硬直している。

「やっぱ芹澤だろ、芹澤天音!」

男の子は大声で言いながら駆け寄ってくる。天音は硬直したまま彼を見つめ返した。

「俺、分かる? 小学三年のとき一緒のクラスだった山口。覚えてるだろ?」

山口くんの言葉に、天音はやっと小さく頷いた。


「懐かしいなー。てかお前、何イケメンになっちゃってんだよ。しかも彼女可愛いし!」

山口くんがわたしを見て笑いながら言った。

「いーなー、デートかよ。ハーフずるいよなー、絶対モテるもんな」

天音はやっぱりどこかぎこちない様子で、曖昧な笑みを浮かべた。

そんな彼を見ながら、山口くんが眉をひそめる。

「てか、なんで何も言ってくんないの? 俺のこと忘れてるわけじゃないんだよな。黙ってるとか何か感じ悪いんだけど。お前そんなだったっけ?」

天音がぴくりと肩を揺らした。そして山口くんに向かって軽く頭を下げてから、わたしの手をぐいっと引いて立ち上がり、そのまま早足で歩き出した。

「えっ、何、マジで無視!? えー!?」

取り残されて唖然としている彼をちらりとも振り返ることなく、天音はずんずんと出口に向かって歩く。

その背中にあまりにも強い緊張感が漂っていて、わたしは声すらかけることができなかった。

黙って彼に手を引かれるまま後を追いながら、心の中で決意を深める。

やっぱり、天音への恩返しとして、さっき思いついたことはいちばん大事なことだと思えた。