「自分のそういうところが、すごいコンプレックス。将来の夢とか、熱中できる部活とか、夢中になれる趣味とか、堂々と自慢できる特技とかある人が、本当に羨ましい。夢に向かって努力してる人は、本当に偉いと思う」

今までずっと抱えてきた思いを吐き出すと、天音が少し考え込むような仕草をしてから、ペンをとった。

『僕もないよ。夢も、好きなことも、趣味も特技も、なんにもない』

静かな筆致だった。そう書いた彼は、静かで、どこか虚ろな瞳をしている。

あの美しいピアノのことが気になったけれど、触れてはいけないような気がして、わたしは黙って頷いた。

『夢は、あったほうがいいかもしれないけど、なくてもいいと思う』

思いも寄らなかった言葉が続いたので、わたしは瞬きをしながら天音の顔を見た。

『夢は、人を幸せにもするけど、苦しめることもあるから。夢があるせいでつらいをすることもある』

それは、夢が叶わない苦しみのことだろうか。

夢に向かって一生懸命努力していても、叶わないこともある。むしろ、叶うほうが少数派でもしれない。

夢を見たせいで苦しくつらい思いをすることもある、ということを彼は言いたいんだろうか。

『夢って、そんないいもんじゃないよ。なりたいものやしたいことかあるのも、別に偉いことじゃない。夢なんかなくたって、人は生きていけるし、ちゃんと地に足つけて生きてる人はみんな偉い』

最後の一文は、とても丁寧でしっかりとした文字で書かれた。まるで、わたしを励まそうとしてくれているかのような。

「そっか……そういう考え方もあるか」