わたしは慌てて「遠子」と呼ぶ。

遠子が泣きそうな瞳でわたしを見た。

そんな顔は見たくなくて、わたしは必死に声を明るくする。

「彼方くんに、あれ、渡したの?」

すると、少し困ったようにわたしたちの様子をうかがっていた彼方くんが、すっとこちらに目を向けた。

どきっとしたのを悟られないように、少し顔を背けて表情を取り繕う。

「あれって?」

彼方くんが、わたしにとも遠子にともつかない調子で、少し首を傾げて疑問を口にした。

わたしは遠子に向かってにこっと笑って答える。

「今日の調理実習で、マフィン作ったんだよね。遠子ったら、まだ渡せてないの?」

くすくす笑いながら遠子の肩に手を添えると、彼女は泣きそうな顔で微笑んだ。

「……うん。今から、渡すね。ありがとう、遥」

「そっか、がんばりなよー」

わたしは遠子に微笑みかけて手を振り、彼方くんのほうは見ないように顔を背けて、二人から離れた。