香奈がぐっと唇を噛んでから、肩を落として遠子を見た。

「……でもまあ、しょうがないよね、無理でしょ、全く見られないようにするとか。付き合いたてだし絶対いちゃいちゃしたいのも分かるしね。分かってるよ、でもさ、なんか言ってやりたくなるの!」

うん、うん、と頷きながら遠子が聞いている。

「我慢できなかったの。遥は優しいし、いい子だから絶対言えないでしょ、文句とか。だからあたしが代わりに言ってやらなきゃとか勝手に思って」

ありがと、とわたしは香奈の膝に手を置いた。彼女は少し照れくさそうな顔をしてから続ける。

「なんか、応援してたサッカーチームが負けちゃって、悔しくって文句のひとつもぶつけてやりたいみたいなのもある。正々堂々勝負して負けたんだから仕方ないって分かってるんだけど、でも素直に認められなくて吠えたい!みたいな」

少しずつ香奈の声のトーンが落ちていく。

「でもほんとは、ただ羨ましかったのかも。だってさあ、めっちゃ奥手そうなくせにあんなかっこいい彼氏ゲットしちゃうとか、悔しいじゃん。あたし失恋してばっかだし。そりゃ性格悪いから仕方ないとは思うけどさ、羨ましいもんは羨ましいんだよ。それにさ、」

そこでふいに言葉を呑み込んで動きを止めた香奈が、唐突に、

「……っていうか、ごめん!」

と叫んだ。呆気にとられるわたしたちをよそに、香奈はさらに続ける。

「嫌がらせとか悪口とか無視とか、てか正直いじめだよね、全部ごめん! やりすぎた。ほんとごめん。ごめんなさい!!」

ぽかんとしている遠子に、香奈はがばっと頭を下げた。それからふーっと長い息を吐いて頭を抱え、

「やっと謝れたあ……」

と泣きそうな声で呟いた。菜々美が「がんばったね」と香奈の背中をさする。

「……ほんとはさ、ずっと思ってたんだよね。こんなんめっちゃ空気悪いしさ、悪口ばっか言ってるとどんどん自分の中身が汚くなってく感じしたし、自分がやってるの最低なことだって分かってるし、そろそろ終わりにしなきゃって。今までごめんって謝って、許してくださいって言わなきゃって……」

彼女がそんなふうに思っていたなんて全く知らなかった。

言葉にされない思いは、外からは全く見えないものなんだ。だから、伝えたいことはちゃんと言わなきゃいけないんだ。

「でも、なんかさ、素直に謝れなくて。あたし昔から親にいつも叱られてたんだよね、あんたは本当にごめんなさいが言えない子だねって、そのままじゃ友達いなくなるよって」

それは、分かる。自分の非を認めて謝るのは、すごく勇気がいることだ。格好悪いところをさらけ出すのは恥ずかしいし、プライドが粉々にされるほどつらい。

香奈が今どれほど居たたまれない気持ちかを考えてしまって、なんだか泣きそうになっていると、彼女がゆっくりと顔を上げてわたしを見た。

「……ありがとね、遥。やめるきっかけくれて、謝る機会くれて、ありがと」

わたしは涙をこらえながら、うん、と頷いた。

へへっ、と笑った香奈は、今度は隣に目を向けた。

「遠子、許してくれる?」

小さな声で問われて、遠子はにっこりと答えた。

「もちろん!」