「ありがとう……天音がいてくれてよかった」

涙声で伝えると、彼はかすかに目を見開いてから、なぜか泣きそうな顔で微笑んだ。

今にも涙があふれ出しそうな笑顔に、今度はわたしが目を見開く。

「どうしたの……? なんで泣くの?」

訊ねると、彼は唇だけで『ありがとう』と言った。それからわたしの隣に、とん、と腰を下ろす。

ブレザーの胸ポケットからノートを取り出して、何かを書き込んだ。

『遅くなってごめんね。何かあった?』

てっきり彼の涙の理由を書いたのかと思ったのに、そこにあったのはわたしへの気づかいの言葉だった。

わたしの沈黙の意味を困惑だと思ったのか、彼はわたしの顔を窺ってから続けてこう書いた。

『言いたくないことなら、話さなくていい。もし話したいなら、いくらでも聞くよ』

さっきまでは真冬のように冷えきって凍えていた心が、温かい春の陽射しを受けてどんどん溶けていくような気がした。

「……優しいね、天音は」

ぽつりと言うと、天音は目を丸くして首を傾げる。意外だ、と言っているようだった。

「優しいよ、天音は。ほんとに優しい。よく言われるでしょ?」

うまく言葉にできなくて、馬鹿のひとつ覚えみたいに繰り返すと、彼はゆっくりと瞬きをしながらうつむいた。ノートに文字を書きつける指が、少し震えているように見えるのは、気のせいだろうか。

『初めて言われた』

「うそ。ほんとに? こんなに優しいのに?」

すると天音は、どこか迷うようにペンを何度か握り直してから、何かを書きつけた。

『全然優しくないから、優しいと思われたいだけかも』

いつもと違う、堅い文字だった。