「……やめろよ」
「もういい、隠さなくて、いいよ」
段々ひどくなる雨音に自分の心臓の音がまざって聞こえてくる。右手で胸元を掴み、視線は橘からはずして下へとおろした。
何を知っているのだろう。どこまで知っているのだろう。どうして、どうして『隠さなくていい』なんて、そんな言葉を吐くのだろう。
脈だつ自分の体は信じられないほど冷たく、恐ろしいほど思考は鮮明だ。
「……関係ないんだ、本当に……あいつと僕と、何も、関係ない。関係なんてなかった」
関係ない、という言葉が自分自身に返ってきて、目を閉じる。唐沢隼人にとって———僕は〝関係のない〟人間だったはずだ。実際、高1の春ここへ越してきた唐沢と僕は会話すらまともにしたことがない。
春、入学式。一際誰よりも目立っていた唐沢隼人を見た時の衝撃と快哉(かいさい)を呼んだあの時の僕の胸の内は、誰にもわかりやしないだろう。同時に、彼と目が合った瞬間、逸らされた瞬間の僕の想いも。
あいつは僕に気づかなかった。
あいつに僕は必要なかった。
彼にとっての僕がどんな存在だったのか、そんなことはもうわかりきったことだ。高1の春から現在に至るまで同じクラスで過ごしてきた僕にはわかる。一番後ろの席でクラスメイトを眺めることができた僕には、わかる。
でもそれなら、どうして。
どうして———橘千歳が『知っている』ような顔をするのだろう。どうして、そんなにも傷ついた瞳で、僕を見るのだろう。
「……春瀬、ちゃんと話をしよう。誤魔化すのはもうやめにしたい。わたしね、春瀬とはちゃんと、本当の話をしたい」
本当の話? 嘘も間違いも何もないじゃないか。僕にとっても、彼にとっても、お互い関係ないということで済む話のはずだ。
それに、橘が仮に僕とあいつの話を知っていたって、誤魔化すことなんて何もないはずじゃないか。あいつが消えたことについて———本当は橘が一番よく知っていると、そう言いたいのだろうか。
「春瀬と隼人は何も関係ないかもしれない。けれど、隼人にとっては関係あったんだよ。同時に、私にも。ねえ春瀬、私と隼人———付き合ってたなんていうのは、全部ウソなんだ」
その瞬間、橘の髪から滴り落ちた雫が床へと落ちてまるいシミをつくった。じんわりと吸い込まれていく水分が色になって溶けてゆく。僕は彼女の声をどこか遠くで聞いていた。
「でも、誰よりも一番の理解者だった。お互いにとって、秘密を共有できる仲間だった」