チャプン、チャプン。動かした足の分だけ円を描く水面は透き通っていて綺麗だ。輪郭が溶けていく水中の中にいっそ溶けてしまえたら、どんなに楽だろう。
「そうだよ」
「春瀬のまっすぐなところが私、すごいと思うのにな」
「……まっすぐ?」
「人に合わせない真っ直ぐさ、だよ。他の誰も持ってない。春瀬はすごいんだよ」
———違う。
咄嗟に出た言葉は声にはならなかった。
昼間も言ったじゃないか。僕はすごくなんかない。いつだって人の顔色を窺って、馬鹿みたいに周りを気にして。人一倍、誰よりも本当は僕が弱いんだよ。捨てられるのも自分の中に入り込まれるのも全部、全部、人と関わるのが怖くて仕方なくて。
誰より一番周りの目に敏感で、大勢の中っていうことに執着してる。僕が一番弱くて何も持っていない。僕には何もない。いつだってどこでだって人の中心にいるような、橘千歳や唐沢隼人とは違う。
「……わかったようなこと言うなよ」
「だって、私と春瀬は違うもん。自分と違う部分に惹かれるものでしょ」
「意味が分からないし、こんな奴のこと褒める橘はどうかしてる」
「ははっ、自虐すぎだよ春瀬。ねえ、私言ったじゃん。〝輝いてるときに惹かれるのは、幻想かもしれないね〟って」
「……ああ」
「その通りだと思わない? 人間、ダメなとこをさらけ出した時に信頼って生まれるものでしょう。私が言った〝大好きと信頼は別物〟って、そういうことだよ」
意味がわからない、と思う。
———信頼。馬鹿げた言葉だ。信じるとか信頼だとか、僕には無縁の言葉だし、この世にそんなもの存在しないんだってこと、橘千歳や唐沢隼人のような人間には何もわからないんだろう。
信じたって報われない。
信頼したって裏切られる。
世の中なんてそんなものだ。どれだけ胸に抱えたものがあったって、どれだけもがき苦しんだって、神様はいつだって僕に味方なんてしてくれなかった。
どれだけ明日の光を夢見たって、どれだけ彷徨い捜したって、いつだって現実は現実のままで僕に襲い掛かってきた。何も変わらなかった。僕は〝僕〟でいなくちゃならなかった。
———橘に何が分かると言うのだろう。僕の何を、信頼してると言うのだろう。
何もわかっていない。何も理解していない。橘千歳のような人間に、僕を理解できるはずなんてないんだ。
本当は、関わってすらいけなかった人間なんだから。
「……僕は信頼なんてしてないし、橘にわかってもらいたいとも思ってないよ」
自分でも驚くくらい冷たくて鋭い声が出た。簡単に踏み込めるようなことじゃないと、彼女への牽制のつもりだったのかもしれない。我ながらなんて子供なんだろうと思う。
「……ねえ春瀬。春瀬は自分で思ってるよりもずっと、すごい人だよ」
「いいって、そういうの」
「わたしも、隼人も、ほんとは春瀬のこと———」
「だからやめろって!」