「春瀬も食べる? ソーダアイス」

「いや、いい」

「えー? ほんとは食べたいくせに、照れちゃって」

「うるさい、てかまた溶けてる」

「うわ、もうっ、春瀬が自転車こぐの遅いからー!」

「人のせいにするなよ」


半分くらいになったどろどろのバニラアイスをプラスチックのスプーンですくいながら、ほんのり香るシナモンが心地いいな、と思う。そういえば、小さい頃よく行っていた喫茶店のバナナジュースもほんのりシナモンの味がして、あの独特の味がすごく好きだった。

小学一年生ぐらいの記憶だから、確かなものじゃないけれど。どこか懐かしくて、胸の奥が時々壊れそうになる、あの頃の、数少ない思い出。


「ああ、夏だねえ……」


ほとんどソーダアイスを食べ終えた橘が隣で木にもたれかかってそう呟く。

川のおかげか、この木陰はやけに涼しくて控えめな風がとても心地いい。昼間よりも静かになったセミの声と川が流れる水の音。周りに大きな建物はなく、あるのは田んぼや畑の間にぽつんぽつんと建つ小さな小屋だけ。

緑に染まったこの辺一帯とどこまでも広がる深くて鮮やかな青色の空。太陽は西に傾き、川辺の湿ったにおいが鼻をくすぐった。

夏。痛いほどの、真夏日。


「アイスの棒、ここいれたら」


すでに僕の食べ終えたカップとスプーンが入ったビニール袋を差し出すと、橘が自分のアイス棒を持ち上げて目を丸くした。


「ねえ春瀬! 見て! アタリだ!」

「は? あたり?」

「ほら、ここ、見て? 棒に〝アタリ〟って書いてある!」


目の前に差し出されたアイス棒を見ると、確かに『アタリ』というカタカナの文字と、その下にソーダアイスの笑ったキャラクターが描かれていた。


「こんなのまだあったんだ、最近食べてないから知らなかった」

「ね。私もびっくりだよー。なんか懐かしい感じしない? 棒付きアイスのアタリ付きって」

「小さい頃もそんなに頻繁に見かけてたわけじゃないけどな」

「え、ほんと? 私夏によく食べてたなあ。本当にたまにね、当たるんだよ、これ。お店に持ってくと、ちゃんともう一本くれるんだから」


嬉しそうにアタリと書かれた棒を持って立ち上がった橘が、川の方へと歩き出す。僕も荷物と自転車を木陰に置いたまま、その背中を追いかけた。