「……唐沢、いつもからかわれてたもんな」
ドクリ、ドクリ、と。血が流れていく音が聞こえる気がした。
「そう、みんなして笑うんだもん。私も初めは笑っちゃったけどね。だって隼人って、何でも出来て何でも知ってるみたいな顔するでしょ? 周りには溶け込んでいるけど、なんだかちょっとだけ距離があるみたいな。はは、説明難しいな」
「……いや、わかるよ。橘の言いたいこと」
僕の言葉に橘は口元だけで笑う。そして目線を少し下げた。
「だからさ、そんな隼人が炭酸飲めないって、ちょっと笑えちゃうでしょ? しかもいつもオレンジジュース飲んでるなんて、なんかかわいいんだよ。みんな、そう言って隼人をからかってた。……愛されてるよね、隼人」
〝周りには溶け込んでいるけど、なんだかちょっと距離がある〟———それは、唐沢隼人を表現するのにとてもよく合っていると思う。
彼はいつだって輪の中心にいて、なんでも卒なくこなす要領のいい奴だった。運動はずば抜けていたし、勉強だってすごく出来たわけではないけれどかなり上位にはいたと思う。そして何より、彼が笑うとその笑いは海が波寄るように広がって、右へ左へと伝染していった。唐沢隼人は、そんな奴だった。
けれど、同時に彼はいつもどこか一線を周りに引いていたように思う。
それは、例えば誰よりも唐沢の近くにいたであろう橘や、いつも教室の一番後ろからクラスメイト達を見ていた僕ぐらいにしかきっとわからないほどの、一線だったと思う。
「でもね、本当は隼人、いちばんバナナジュースが好きだったんだ。私の前でだけ、いつも黄色いパックジュースを飲んでた。理由なんて聞かなかったけど、オレンジとバナナの差はきっと、隼人の中ですごく大きなものだったんじゃないかな」