「それで、春瀬は何にするー?」
「なんでもいいけど……」
「なんでもいいってつまないなあ。春瀬って何が好きなの?」
「何が好きって、なんだよ」
「好きな食べ物とか、嫌いな食べ物とかあるでしょー? ちなみに私はなんでも大好きだけどトマトがきらい! あのぐにゅっとした食感どうにかならないのかなあー。あ、でも焼かれちゃえば全然食べれるんだよ? ほら、ピザとかだと全然いけるの、なんでなんだろう」
饒舌にトマトの不味さを語るのはいいけれど、残念ながら僕は橘が大嫌いなトマトが好物だったりする。もちろん、生でも焼いても、だ。
「ごめんけど、好物トマト」
「えっ、ちょっと春瀬本気?」
「生でも焼いても食べれるよ。あの食感がわりとすき」
「え、何言ってるの? あの食感がダメだってわたし言ったじゃん」
「それは橘の価値観だろ。だいたいトマトが食べれないなんて子供なんだよ、橘は」
「なにそれ!じゃあ春瀬は食べれないものないわけー?」
「………ないわけじゃないけど」
「なによー、言ってみなさいよー」
「カレー味のものが無理。ていうかカレーが食べられない。あんなもの人間の食べ物じゃない」
「はあ?!正気?! ちょっと、全世界のカレー好きに謝りなさいよ!」
「カレーよりハヤシだろ」
「意味不明……」
「カレーほど不味いものはない」
「ぜーったい春瀬とは味覚の趣味が合わないね! 今確信した!」
「珍しく橘の意見に賛同するよ」
橘が頬を膨らませたのを見てからひとくち水を口に運ぶ。それはカラカラになった僕の体全身に行き渡るようだった。
目線をあげると、橘と目が合う。しばらく見つめあっていたのだけれど、橘が最初に「ふふ、」と声を出すと、僕もつられて「ふ、」と声を出してしまう。そのうちこらえるのも馬鹿らしくなって、僕らはふたりして笑ってしまった。幸い店内には僕らの他に客がいなくて、迷惑にはならなかったみたいだ。
思い返せばここ数年、こんな風に誰かと笑いあうことなんてなかったかもしれない。他の人からしたら何が可笑しいのかなんてきっとわかりやしないだろうけど、笑うという行為は一度出ると止まることを知らないみたいだ。
「ははっ、もう、じゃあ、春瀬はナポリタンね。決定!」
「いや、なんで勝手に決めるんだよ?」
「トマトが好きならナポリタンでしょ? ほらほら、けってーい。私はサンドイッチ! ヒロさーん、注文お願いしまーす」
僕の意見を聞こうともせず大声で叫んだ橘が手をあげると、ヒロさんは嬉しそうに僕たちのテーブルまでやってきた。僕らの笑い声を裏で聞いていたのだろう。橘が上機嫌でメニューを告げると、ヒロさんはサービスで好きなジュースをつけると言ってくれた。