「あ、うん、うんそう、そう」

「そっかー、ふたりとも受験だもんなあ、偉いな」

「治樹くん、俺の最後の雄姿、郁実と一緒に見に来て」

「もうそんな時期か、うん、できる限り仕事調整して行くよ」

「じゃ、俺行くわ」



腕につけた時計をセットすると、軽快に走り出す。

すぐに宵闇に紛れて見えなくなった背中を、兄と一緒に見送った。


我が家には両親がいない。

父親は物心つく前に事故で他界していて、もとから身体が強くなかった母は私が小学生のときに病気で亡くなった。

この歳で両親とも亡くしているというのはなかなか目立つらしく、先生たちもなにくれと気にかけてくれているのがわかる。

私は物理的にも金銭的にも、この5つ上の兄に育てられ、優秀だったのに高校を出てすぐに働くことを選んだ兄は、私だけでも大学を出してやりたいと願っている。

私も兄のその想いに応えたい。


それなのに、秘密をつくっちゃってごめん。

別にやましいとか後ろ暗いとか、そんなこともないんだけど。

好きな人の話とか、ほんとはしたいんだけど。

健吾くんのことは、どうしてか言えないんだ、ごめん。



「お前、いまだに靖人と仲いいんだな」

「まあ、いろいろと縁があるしね」



裏のガレージに原付をしまいに行く兄と別れて、家に入った。

二階の自室に上がり、制服を脱ぐ。

紺の襟に茶のライン、クリーム色のリボンのセーラー。


ハンガーにかけながら、姿見に映った下着姿の自分を見る。

誰と比べるかによるけど、そこまで残念ってこともないだろう。


しばらく机で勉強をしていると、目の前の窓の外がぱっと明るくなり、靖人が部屋に戻ってきたのがわかった。

私たちの部屋は、お互いが窓から身を乗り出せば手を繋げるくらいに近い。

隣家に面した窓のカーテンはたいてい閉め切っているので、プライバシー的には問題なく、でもこうして生活の気配は感じる。

いっそこの面にベランダをつくってしまえば、玄関を使わずに行き来できるのに。


窓を開けて、靖人を呼んだ。

向こうの窓はすでに開いていて、カーテンだけが閉まっている。

そのまま走りに行ったのか、不用心な。