「犬の名前、決まりました?」

「決まった決まった。対面したら、候補が全部ぴんと来なかったらしくて、結局、私が提案した名前になったよ」

「なんていうんですか」

「ケン。犬だから」

「かわいい」



うん、かわいい。

元気で勝気なあの子にも合っているし、シンプルが一番だ。



「いくに伝えたらさ、俺の名前じゃねーかって笑われて。そんなわけないでしょって」



きれいな指で煙草を挟む様子を見ていて、急に申し訳なくなった。



「あの、すみませんでした、私、健吾くんに言っちゃって…」

「え?」



え?

美菜さんがきょとんとしたので、自分の勘違いに気づいた。

てっきり健吾くんと美菜さんの間で、例の、昔のことについてなにか、話されているとばかり思っていたのだ。

私は慌てた。



「あ、わ、す、すみません」

「ん、なに、この間私が言ったこと?」

「はい、私、その話を健吾くんにしちゃって…」

「あっ、そうなんだ、いいよいいよ、口滑らしたのは私なんだし」

「でも…」

「いく、なにか言ってた?」



えっ、えーと…。

深く考えず、私は思い出せた順に、健吾くんの言葉を伝える。



「お互い、なんか違ったなって思ったとか…だからもうないだろうとか、はずみだったとか…そんな感じのことを」

「なんか違ったって? そんなこと言ってたの?」



大人ですよね、と答えようとしたんだけれど、美菜さんの表情を見て、私は言葉を飲み込んだ。

薄い煙を吐きながら、泣きそうな顔になるのをこらえるように、眉根を寄せている。



「ったく、たち悪い男ね」



口元だけ笑ってそう言うと、ぎゅっと灰皿で煙草を押し潰した。

忙しない仕草で、すぐに次を取り出す。



「"お互い"とか勝手に言うなってのよ。違ったって思ったのは向こうで、私はそれに気づいただけ」