車に乗ったものの、無言の空間に、すぐいたたまれなくなった。



「私、バスで帰る」



健吾くんはなにも答えずにバス停で私を降ろし、「じゃあ」とだけ言って、そのまま走り去った。

こんな引きずる言い争いをしたことって、ない。

どうしたらいいのかわからず、目の前が真っ暗になった。





「点が入ったぞー!」



金属バットの硬質な音が響き渡ると同時に、応援団長が叫んだ。

太鼓が鳴り、ブラスバンド部がこれでもかってくらいの陽気な音楽を奏でる。

太陽に真上から照らされながら、スタンドは熱狂し、私もその中で、スクールカラーであるブルーのメガホンを振り回していた。



「郁実ちゃん、小瀧くん、すごいね!」

「うん、よくわかんないけど、すごい!」



恥ずかしながら私は野球のルールに詳しくない。

あれ、今度はタッチしていないのにアウト? とか首をひねっているうちに試合が進んでいくのが毎回で、でもさすがに点が入ればわかる。


地区予選初戦、相手は格上もいいところの強豪校で、スタンドでは最初からあきらめムードも漂っていた。

ところが靖人たちはがんばり、8回終了まで死守して無失点。

そして9回の表、二死三塁の場面で、靖人がバントを成功させ、ランナーを生還させたのだ。



「あれ、監督の指示だと思うけど、そんな指示を出させるくらい小瀧くんのバントの技術がものすごいってことなんだよ。変なとこに転がしてピッチャーに捕られちゃったら最悪で、今みたいにサードを捕球に走らせるのが正しいんだけどなかなかあんな鮮やかには」

「え、え? え?」



何語?



「とにかく小瀧くんがうまかったってこと!」

「あれ、なっちゃんて野球好き?」



有川奈津(ありかわなつ)ちゃんというその子は、ショートボブの黒髪を弾ませて、夢中で声援を送っている。



「このくらい普通知ってるよ」

「嘘だあ」

「郁実ちゃん、小瀧くんの幼なじみなんでしょ、ならもう少し勉強しなきゃダメだよ!」

「はい…」