…あれ、私、乗せてもらったお礼、言った?

お年寄りが多いせいか、中途半端な涼しさの図書館で、学習スペースの椅子に座った瞬間、はっとした。

どうやって車から降りたのかも覚えていない。



『もう昔の話よ、一回だけね。これほんと誰にも言ってなくて、遠藤も知らないから、内緒ね』



美菜さんはそう言って、しーっと指を立ててみせた。

実は誰かに言いたかったとか、そういうはしゃいだ感じでもなく、それがかえって、大人ふたりが厳重に隠してきた秘密なんだろうと思わせて、私を打ちのめした。


ポキ、というかすかな音をたててシャーペンの芯が折れた。

今日、もう何度目?

ため息をつきながらカチカチと押すと、短くなった芯がぽろっと落ちてくる。

引き続きカチカチ押してもなにも出てこず、振っても音がしない。

これが試験だったら大幅な時間のロスだよ、と自分を叱りながら、ペンケースから替え芯を取り出した。


手が震える。


いいじゃない、大人なんだから、そういう話くらいあるよ。

健吾くん、かっこいいんだし、いっぱいあるよ、絶対。

これこそが、4人"くらい"の"くらい"の部分なんだよ、きっと。


でもさ。

なにもわざわざ、そんな人にあの子をあげなくても。

うまく芯が入らなくて、苛立っているうちに、視界が揺れてきた。



『会いに行っちゃいそうだ、俺』



あんなこと、言わなくても。

私が知らないと思って。


健吾くんたちにはもう、クラス替えもない、卒業もない。

同じ会社にいる限りずっと、美菜さんとああして、楽しそうな仕事の話、するんでしょ。

ふたりだけの秘密を抱えて、みんなの前では知らないふりして、仲間の顔、するんでしょ。

この後だって、会社に戻ったらさっきの話の続きして、"調整"とかして、私にはわからない世界で疲れてくるんでしょ。


私は市立図書館で、制服を着て試験勉強。


ぽたりとノートに滴が落ちた。

拭うのも惨めで、こぼれるままにした。