「ごめん、つまんないね、こんな話」

「…いえ、聞きたいです」

「そう? まあ営業やってりゃよくあることだけど、いくが悪いわけでもないのに頭下げて、取引先に怒鳴られて、自分の担当のケアもしなきゃならないし、相当参ってたんだよ」

「それ、いつ頃の話ですか?」

「ここ1ヶ月くらい。先週あたりからようやく落ち着いたかな」



全然気づかなかった。

確かに土日も会えない日が多くて、忙しいとは言っていたけど、それは単に、そういう時期だからなんだと思っていた。

そんなつらいことしていたなんて、想像もしなかった。



「いくは、帰れるときはさっさと帰るタイプだから、一見楽にこなしてそうに見えるんだけどね。そのぶんほかの日はめちゃくちゃ働くわけよ」



…そうやって、私と会ってくれていたわけか。

この間の、唐突な午後休とか、もしかして相当限界だったから、もうあそこで休むしかなかったんじゃないの?


言ってよ、とか。

私に言う権利、ないよね。

言いたくなかったから、言わなかったんだもんね。


言っても仕方ないしね。

聞いても、わかんないし。



「さ、もうすぐ着くよ。余計な話して、いくに怒られちゃう」

「変な話聞かせるなって言ってましたもんね」

「あー、あれはね」



言葉を途中で切って、美菜さんが図書館の敷地に車を入れる。

正面に着けてくれるつもりなんだろう、駐車場を無視してロータリーを回り込むと、乗降場で停車させた。



「はい到着、勉強がんばってね、ごちそうさま!」

「…あの」

「ん?」



私のほうを見て、不思議そうに眉を上げる。



「変な話っていうのは…」

「え、ああ」



そんな食いつかれると思っていなかったのか、きょとんとしてから、きまり悪そうにちょっと笑う。



「まあ、男と女の、よくある話」