「あの、あのね、靖人のお母さんが、また健吾くんに会いたがってるの。すっかりファンなんだって」

『マジか』

「それって小瀧さんのことでしょ? 水曜に引き取りに行くとき、いくも行ったら? 夕方だし、中日なら上がれるでしょ」



えっ。

あんまり何度も会うと、いよいよ関係を問われそうで、ぎくっとしたんだけれど、自分で話を振っただけに、引きようがない。



「…健吾くん、どう?」



どうって訊かれても困るだろうなあと、心の中で手を合わせる。

案の定、迷っているような数秒の沈黙があって、それから健吾くんは、すごく言葉を選んだ返事をしてくれた。



『郁がいいなら』

「先方がご迷惑でなければ私もお邪魔したいなあ。郁実ちゃんも来られるかな?」

「あ、はい、私は…隣なので」

「ならそこでまた会えたらいいね。うちの親がもう直接連絡取らせていただいてるから、訊いてみるね」



靖人のお母さんはお客様好きだから、ウェルカムだろう。

私、本当に、そこにいていいんだろうか。

あれっ、まさか靖人もいたりは…ないか、部活だもんね。

いっそ、いてくれたほうが心強い気がしないでもない。



「じゃあ、また連絡するわ」

『わかった。郁は家まで送ってもらうの?』

「ううん、図書館まで。勉強しに行くつもりだったから」

『そっか、がんばれよ』

「ありがと」



健吾くんのほうが通話を終わらせた。

ふうと息がもれて、自分が緊張していたのを知る。



「がんばれよ、だって。郁実ちゃんの前だと兄貴だね」

「実際、お兄さんですし、だいぶ」

「あいつこそ最近大変で、がんばり通しだったんだよ」



…え?

車内が冷えてきたので、冷房を弱めながら、美菜さんが続けた。



「ひとり、いきなり辞めちゃってさ。フタを開けてみたら適当な取引だらけで。担当が近かったせいで、いくが尻拭いみたいなことさせられて」



なにも言わない私に気づき、美菜さんが慌てて笑う。