『…え、どういう意味? 俺の、なんだって?』

「不用心に一人歩きしてるから、思わず拉致しちゃった」

『誰を?』

「あんたって、そんなにいっぱいお姫様いるの?」



戸惑っている様子が目に見えるようだ。

ためらいがちに、健吾くんが問いかけた。



『…郁?』



なんだかわからないけれど、私はやけにドキッとした。

健吾くんが、私じゃない人に向けて、私に聞かれているともたぶん思っていないときに私の名前を呼ぶと、あんな声になるんだ。

さっきまでより響きが優しいなんて思うのは、うぬぼれだろうか。


運転しながら、美菜さんが愉快そうに笑う。



「正解ー」

『なに、郁がお前といるの? なんで?』



健吾くんの声は、困惑を深めていた。



「偶然会ったの」

『変な話聞かせるなよ』

「変な話ってなによ。ちなみにこっちは車で、郁実ちゃんも聞いてるからね、これ」

『えっ』



美菜さんが、促すように携帯を指さしてみせる。

えっ、どうしよう、えーと、えーと…。



「…もしもし」

『郁…』



お互い、人前でなにをしゃべっていいのかわからず、次の言葉が出てこない。

こちらの雰囲気がわからないぶん、健吾くんのほうがより困っているだろうなあと気の毒になった。



「あの、お仕事お疲れさま」

『…おう』



今日何時頃終わる? とか訊ける場面でもないし…ええと。

私、健吾くんとのこと、なんて美菜さんに説明したんだっけ。

地元の繋がり?

それってどんな距離よ。

参ったな、なにを話しても不自然になりそう。