「ふとした拍子にかなり吠えるし、マンションじゃきついだろ、あれ。うちで預かれてよかったよ」

「ほんと助かった、ありがとね」

「ま、困ったときはお互いさまだし、一番の被害者は犬だしな」

「今度なにかお返しするよ」

「あれがいるうちに、遊びに来いよ。母さんが久々に郁実に会えて、喜んでたから」



おばさんは、母とも仲がよかった。

母が亡くなったとき、真っ先に駆けつけて、お通夜を取り仕切ったり私と兄にごはんを食べさせてくれたりしたのは彼女だ。



「うん、行く」

「じゃあな、おやすみ」

「おやすみ」



手を振ると、靖人がおかしそうに笑って、窓を閉めた。





貰い手は、案外すんなり見つかったのだった。

健吾くんの同僚で、ペットロスになっているご両親のために新しい子を探している人がいたのだ。

来週、その親御さんが、靖人の家まで引き取りに来てくれることになっている。



「最初は、まだ前の子の思い出が…みたいな感じだったらしいんだけど、写真を見てるうちに、だんだん『この子うちの子』ってなってったって」

「よかったねえ、かわいがってもらえるね、絶対」

「俺、会いに行っちゃいそうだ…」

「行けばいいじゃん、知ってる人なんでしょ?」



7月に入ったばかりの土曜日、月末の激務を乗り越えて、久しぶりにフルで休めると健吾くんが言うので、本流の大きな川まで出てきた。

河川敷ではバーベキューが何組も行われていて、肉の焼ける罪な匂いが土手の上まで運ばれてくる。



「腹減るな、これ」

「サンドイッチ作ってきたよ」

「郁、最高」



仕事がひと段落して浮かれているのか、ぐいと肩を抱いて、一瞬のキスを髪にぶつけてきた。

川のほとりまで下りて、並んでいるベンチのひとつに腰かけて、保冷剤と一緒にくるんできた包みをトートバッグから出す。