「…かわいいな」

「すぐお別れかもだし、いっぱい抱っこしておきなよ」

「やめろ、置いておきたくなって、飼い主探すモチベが下がったらどうすんだ」



歯を食いしばって顔をそむける。

これもある種の動物音痴って言うのかなあ。

その後、私がどれだけ言っても、犬がどれだけ物欲しげに見つめても、健吾くんは頑として抱き上げようとしなかった。



もうすぐ夜の9時という頃、窓の外から靖人に呼ばれた。

勉強の手を止めて窓を開けると、むこうが窓枠にだらんと腕を垂らして、疲れた顔をしていた。



「練習きつい?」

「きつい」

「あの子、どう」

「もうだいぶ慣れたよ。家じゅう探検して、疲れて寝てる」



よかった。

さすがおばさん、ベテランだ。



「ヨーの匂いに怯えるかと思ったんだけど」

「あいつももう年寄りだし、もとから気が弱いし、犬同士、そういうのもわかるんじゃね?」



ヨーというのは靖人の家の犬の名前だ。

由来はもう忘れてしまった。



「健吾くん、来たのな」

「うん、荷物多かったし、ちゃんと挨拶したいからって」



あなた誰って訊かれたら答えようがないんだから、そんなのいいよって私は止めたんだけど。

礼儀だ、って言って、健吾くんは靖人の家の玄関までついてきた。



「おばさん、なにか言ってた?」

「イケメンの踏んだ玄関は当分掃除しないとかなんとか」

「あ、そう…」



そういえば、詮索したりするような人じゃなかった。

健吾くんの手からケージを受け取ると、すぐに犬と顔を合わせて、仲よくなってみせたおばさんだ。