正面から名前を呼ばれ、思わず姿勢を正す。

治樹は実直そうな印象そのままに、同情を誘うでもなく、脅すでもなく、淡々と言った。



『別に、一生とか言う気はないんです。別れが来ることもあるでしょうし、郁実がそれを望むこともあると思う。でも、そうなっても、ならなくても』



正座をしたひざに手をつき、深々と頭を下げる。



『どうか妹に、"やっぱり"って思わせないでやってほしいんです』



ドバン、という水音がして、一瞬郁実の姿が視界から消えた。

携帯を持った手だけ残して。



「郁!」

「うわーん!」



波が引いていくと、ずぶ濡れになった郁実が現れる。

立っていた健吾もひざのあたりまで濡れたが、横になっていた郁実は、完全に水没してしまったのだった。

鼻に海水が入ったらしく、岩にしがみついて咳込んでいる。



「大丈夫か」

「け、携帯無事でよかった…」

「波来るぞって言ったろ」

「気持ちよくて、一瞬寝てた」



気づけば潮が満ちてきている。

波にさらわれなくて幸いだった。

助け起こして、持っていたペットボトルの水を顔にかけてやると、郁実が犬みたいに、プルプルと頭を振った。



「車の中にタオルあるから、戻ろう。で、帰ろう。早く洗い流さないと、絶対かゆくなるぜ、それ」

「シートが濡れちゃうよ」

「いいよ別に」

「うう、ごめん」



塩が入ったのか、目をこすっている。

着ていた白いTシャツは、下のタンクトップが透けて、身体に張りついていた。

肩のあたりで、髪の毛をぎゅっと絞っているのを見たとき、ふいになにかが湧いてきて、欲望のまま両腕を回し、抱き寄せる。



「それとも、どこか寄る?」



耳元にささやくと、ちょっと考え込むようにしていた郁実が、腕の中でくすくすと笑いだした。