なんでこんな幼い子を、言われるままに大学生だと思ったんだろうと、初めて会ったときのことをたまに考える。

酔っていたからだ、たぶん。

それと、郁実がたまに見せる、大人びたと表すにはさみしすぎる、悟ったような、なにかをあきらめたような表情を、あのときは浮かべていたからだ。



『結婚を前提にとか、そういうのは郁実の意思なので、生島さんの口から聞こうとは思ってませんから』



郁実が高校を卒業した3月、挨拶に行った先で、郁実を退室させてから、治樹は固い表情で開口一番そう言った。

それなりに緊張していた健吾は正直に、『さすがに僕も、今そこまで言う気はないです』とぶっちゃけ、直後、ふたりはほっとしたように、なんとなく一緒に笑ったのだった。

ここまで郁実を育てた、立派な兄貴だけど、考えてみたら自分より二つも下なのだと、そのとき健吾はしみじみ思った。



『でも、無責任なことは考えてないですから』

『それは、きっとそうだろうなと、見ていて思います』



客間で、郁実のいれたお茶を飲みながら、ぽつぽつと会話をした。

健吾をはっとさせることを治樹が言ったのは、少ししてからだった。



『ご承知と思うんですが、うちは両親とも他界してまして』

『はい』

『郁実はたぶん、自分の大事な人が、特に年上の人間が、永久に自分のそばにいてくれるということを、信じていないんです』



なにかに射抜かれたような気分だった。

やっとわかった。

それだ。

郁実の不安の、根幹にあったもの。


健吾が年上だからとか、違う世界に住んでいるからとか、そういうのはすべて、表面的なとっかかりにすぎず。

もっと根深いところで、郁実はなかなか、健吾という存在を信じきれずにいたのだ。


そりゃそうだ。

信頼に応えてもらった経験がないんだから。



『恥ずかしながら、僕にもつきあっている女性がいます。郁実もそれを知っています。たぶん郁実は、僕がじきに離れていく可能性を、もう見ているはずです』



兄妹だからこそ、一生は一緒にいてやれない。

そんな苦悩を治樹の顔に見て、健吾は言葉を失った。



『生島さん』

『はい』