自信ありげにうなずく郁実には悪いが、郁実の勘というものが正しく働いた例を知らないので、期待しないでおこうと決めた。

たぶん、靖人なりに気をつかって、郁実の詮索をはぐらかしているだけなんじゃないだろうかと思える。

あれだけずっと近くにいた結果の恋が、そう簡単に終わらせられるとも思えない。


まあでも、東京にいると女の子なんかいなくても飽きずに楽しい。

そういう生活を満喫していてくれるといいなと、学生時代を都会で過ごした同志のような気分で、そう考えた。



「窓開けていい?」

「いいよ」



海が近づいてくると、いつも郁実は窓を開けたがる。

遠慮なしに全開にした窓が、以前より少し短く、軽くなった髪を揺らして、花みたいな香りを運転席まで運ぶ。

服装や持ち物に劇的な変化があったわけでもないのだけれど、不思議と大人びた。

とはいえ健吾の周囲の人間と比べればまだまだ子供っぽい。


郁実に一番子供らしさを感じるのは、彼女が健吾に、絶対的な"大人"を見ていると感じるときだ。

たとえばさっきみたいに、健吾が靖人に妬くなんて、思いもしていませんという態度を見せられたとき。


25歳なんて、どれだけまだまだか、見せてやりたい。

どうやって見せればいいのか、わからないけれど。



「あー、水冷たい、気持ちいい」

「波来るぞ、流されるなよ」



このあたりの海は、砂浜がない。

駐車場から岩場に下りて、足場から足場に飛び移るようにしながら水深のあるところまで行くと、郁実は足を海水に浸して、大きめの岩の上に寝転がった。



「郁って、日焼けとか気にしないの?」

「日焼け止め塗ってるもん。ねえそのサングラス貸して」



サングラスを外し、しゃがみ込んで郁実の顔にかけてやる。

郁実はなにが楽しいんだか、きゃっきゃと喜んで、「見たいから撮って」と仰向けのまませがんだ。



「まぶしくてなに撮ってるか見えない」

「適当でいいよ」



まったく画面の見えない携帯で、なんとなく当たりをつけて撮ってやる。

写真を見た郁実は「けっこうかっこいい!」また楽しそうに笑って、今度は下から健吾を撮ろうとしてきた。