「悪い、暑かった?」



ドアを開けっぱなしだったので、冷えた空気が逃げてしまったかと冷房を強めると、「全然違う」と怒られる。



「"郁実をよろしく""お預かりします"なんて、託児所みたい」



郁実の怒りどころがわかり、つい笑った。



「なにもおかしくないんだけど?」

「別に子供扱いしてるわけじゃない、責任もって家に帰しますよっていう、連れ出す側の礼儀みたいなもんで」

「あっそう」

「郁が30歳になったって、同じ状況なら、俺は同じこと言うよ」



シートの上でひざを抱えて不満を表明している郁実越しに、腕を伸ばしてシートベルトを引き出し、留めてやる。

顔が近づいたついでに、そっとご機嫌伺いのキスをすると、郁実が目を合わせて、にやっと笑った。



「お兄ちゃんが見てる」

「え!!」



仰天して窓の外を振り返った健吾を「嘘」といたずらっぽい声が追いかける。

一瞬本気で慌てた健吾は、悪趣味な郁実をにらみつつ、自分もベルトをし、車を出した。



「どこ行く?」

「海」

「毎回それ言うな」

「だって夏だもんね」

「夏になる前から言ってた」



まあいいか、とどうせ行き先も決まっていなかったことだしと、車を郊外に向けて走らせる。

郁実と何度も行くようになったので、道を覚えてしまった。



「靖人くんは、東京帰ったのか」

「まだだよ、来週いっぱいはこっちで過ごすって」



じゃあ来週いっぱいは全力で郁実のために時間を空けよう、と大人げない考えが浮かびかけ、消す。

幼なじみの再会だろ、一緒に過ごさせてやれよ、俺。



「靖人ねえ、もしかしたら向こうで彼女できたかもしれない」

「え、ほんとか!」

「はっきりとは言わないんだけど、私の勘ていうかね」

「………」