「結婚の予定があるのかって問い詰められてさあ」

「そこはもう、あるって言っちゃえよ」

「そしたら次は、まだしないのかって延々言われるだろ、取引先なんだから」

「そうか…」



だから仕方なく、『具体的な予定は決まってません』と正直に答えたのだ。

すると『じゃあうちの娘を』と来る。



「なんで"結婚の予定がない=社長の娘と結婚する"なんだよ…どんな図式だよ。相手いるっつっても聞かねえし」

「あれ、いくって彼女いたっけ?」

「いるよ」

「あ、そうなんだ、ずっといないと思ってたわ。どんくらい?」

「一年半くらい」



へえ、と遠藤が驚く。

結婚しないの、とかそういう話に発展しない安心感があるのは、遠藤が同い年の男だからだろう。

まだ同期や友達の中でも、結婚している奴はいない。

でもたぶん、そろそろそんな話が聞こえてくる頃だ。

働いて3年目。

仕事というものとのつきあい方もわかってきて、学生の頃に立てた漠然とした人生計画を、引き直す頃合いだ。



「今日はもう、大手さんだけ回ろ」

「トラウマになってんな」

「ほんとそれ…」



午後も忙しい。

丼を空にし、遠藤と一緒に店を出た。


この地方都市には、都心に本拠地を置く必要がなく、むしろ生産拠点と経営拠点が近くにあったほうがいいといった業態の企業が多く集まっており、健吾たちの主力の取引先は、そういった会社だ。

中心部を少し離れれば中小企業がひしめき合っており、そのどちらをも相手取れる商品を抱えている健吾たちは、商談に事欠かない。

地方ののんびりした空気と、活発な経済活動が共存するこの故郷を健吾は好きで、就職もこっちですると決めていた。



「生島さん、申し訳ありませんでした、父と母が」

「えっ?」



心に決めた通り、大手のお得意さんを回っている中、約束していた契約書を持ってやってきたリース会社で、担当の女性が突然そんなことを言い出した。

クリアファイルを持った手を浮かせたまま、ぽかんとする。

女性はそんな健吾に、あれっという顔をした。