「どした?」



1階に下りたところで、健吾くんが不思議そうに私を振り返った。

エレベーターの中で、私がずっと、彼の後ろに隠れるようにしていたからだ。



「他に人がいたから」

「いたから、なんだよ」

「…まずいかなとか」



健吾くんはぽかんとして、それから楽しそうに笑った。



「いちいちそんな詮索するほど、みんな暇じゃねーよ」



バス停までの道を歩きながら、片手で私の頭をぐいとなでる。

私を安心させるように。


だけど私は知っている。

制服を着ている私とは、健吾くんは絶対にキスをしない。



「じゃな」

「うん、行ってらっしゃい」



片手をパンツのポケットに入れて、バス停の少し先の駅に向かうため、私と別れる。

手を振るのはいつも、私のほう。

彼はちらっと微笑むだけでそれに応える。


私たちは、こんな感じ。





「うん、正直、古浦(こうら)の成績ならもう少し冒険してもいいと思うけど」

「いろいろ事情がありまして」

「だよな。本番で力を出しきれるように、体調管理気をつけてな。奨学金の予約申請は、後期に手続きあるから」



担任の先生にお礼を言って、指導室を後にした。

日当たりのいい廊下は、初夏の熱気で蒸れている。

表向きは自習中の、要するに担任不在で大騒ぎの教室に戻り、次の出席番号である小瀧靖人(こたきやすと)の、寝ている頭を叩いた。