「またな」



答えるより先に、ドアが閉まった。

動き始めた電車の中で、靖人が微笑んで、ひらひらと手を振ったのが見えて、それでおしまい。

帰っても、隣の家に、もう靖人はいない。

手を伸ばせば届くあの部屋に、明かりがつくことはしばらくない。



「高校生にもなると、さみしくもないんだろ」



特急が見えなくなる頃、そんな声がした。

傾きかけた太陽がホームに差し込んで、目の奥が痛む。



「…これは別」

「ほんと仲いいよなあ」

「妬ける?」

「まあ、大人だし、そんないちいち妬かないけど」



電車の去った線路の先を見ながら、健吾くんがぼそりと言う。



「俺、野球部OBにも友達いるからって、今度彼に伝えといて」



すっごい怒ってるじゃん…。

すぐそばにある、温かい手を握った。



「みんなハッピーなのがいいと思ってたんだ」

「そんなうまくいくかよ、世の中」



ほんと、その通り。

だからせめて、私はこの手のぬくもりを信じて、誰にも恥じない恋、するの。

大学生になって、はたちになって、自立して、お兄ちゃんと真由さんが幸せになるの見届けて、その間もずっと、健吾くんの手を離さずにいるの。

離さずにいられる自分になるの。



「行こっか」

「駅員さんにお礼しろよ、入場券なしで俺まで入れてくれた」

「ありがとうございます、すみません…」



年配の駅員さんが、なぜか私たちよりも恥ずかしそうにはにかみながら特急の改札を通してくれる。