「靖人だって言ってたじゃん、幼なじみのポジションはなくしたくないって、それと同じだよ、私だって一番大事な幼なじみでいたいんだよ」

「それは、わかるし、嬉しいけどさ」

「私、なにもしてないもん。靖人が勝手に私のこと好きになって、それでつらいからってこうして離れてっちゃうの? それって私こそかわいそうじゃん、なんでそれがわかんないの」

「あのな」

「大好きだって言ったじゃん!」



癇癪を起こした子供みたいになった。

靖人が、困っているというよりは、もはや唖然としているといったほうが近い顔で、私を見ている。

部活を引退しても、あんまり伸ばすこともなく、小さい頃からずっと同じように、短い髪。

ぼろぼろ涙が出てきて、一生懸命手の甲で拭いた。



「郁実…」

「か、帰ってくるよね、夏休みとか」

「わかんね、バイトもしたいし」



わなわなと震えはじめた私に、靖人が慌てて「わかった、帰るよ、なるべく、帰る」と前言を覆す。

そこに突風を連れて、特急列車がホームに滑り込んできた。

靖人を連れていってしまう電車。

でもその先に、靖人の未来がある。



「…がんばってね」

「お前もな。治樹くんによろしく。あとうちの親、さみしいみたいだから、たまに遊んでやって」

「うん」



ぐしゃぐしゃになった顔を、靖人が手のひらで拭いながら、ため息をついた。



「あんま連絡とかしてくんなよ、俺、お前のことあきらめないといけないんだから」

「…靖人に聞いてほしいことがあれば、するもん」

「ちょっとは俺のために我慢しろよ」

「しない」



手を離しざま、ぎゅっとほっぺたをつねられて、飛び上がる。

出発のベルが鳴った。

電車のステップに足をかけた靖人が、ふと振り向いて、身を屈めて私の唇にキスをする。

一瞬の、そっと重ねるだけの、大事な幼なじみからの、"好きだよ"のキス。