「郁に待たされたおかげで一年ぶりだし、実はまだ迷いがほんの少し残ってるし、頭の片隅に兄貴の顔が」

「え、待って、私が待たせた?」

「しかも相手がガチの未経験とか…」



今さらなにを言ってるんだ、この人。



「ねえっ、もう煙草やめて、時間ないんだからいっぱいキスとかしようよ」

「今キスなんかしたらそのままなだれ込んじゃうだろ!」

「なだれ込めばいいじゃん、ここまで来てなに言ってんの!」



煮え切らない口から煙草を取り上げて、灰皿に押しつけた。

横からしがみつくようにして無理やりキスすると、当たり前なんだけど、あまりの苦さに顔が歪んだ。



「喫煙者とキスするのって、灰皿なめてるのと同じって言うよ」

「ほんとか、減らそうかな…」

「別に減らさなくていいけど」



健吾くんが吸ってるところ、好きだし。

しつこくキスし続けると、やがて返ってくるようになる。

裸の腕が私を抱き寄せ、仰向けにした。

身体を重ねて、見下ろしてくる健吾くんの顔が、少し上気して、でもまだ迷っているのがわかる。



「よけいなこと考えないでよ」

「いや、それはもう、だいぶ吹っ切れたんだけど」



困ったような表情で、さっと視線を私の身体に這わせて、「やばい」と片手を額に当てる。



「俺、わけわかんなくなりそう。先に謝っとくな」

「え? あの、できたら初心者コースにしてね」

「バカ言うな、こんなシチュエーション、理性が続く限りはたっぷりフルコースに決まってんだろ」

「フ、フルコースってなに?」



返事はなく、どこかまだためらっているくせに、やたら強引なキスが来る。

苦いって言っているのに、口を開けさせて、私の舌を絡め取る。

髪に差し込まれる指が、首に添えられた手が、ふいに熱さを増して、空気が変わった。

まつげが触れそうな距離で、じっと目が合う。



「郁」



うわ。

声の温度まで違う。


きれいな目が、至近距離で伏せられるのを見て、体温が上がった。

急に心臓が痛いくらい鳴って、あれ、今ごろ緊張かと戸惑う。


唇に、首に、柔らかなキスが降る。

健吾くんの頭を抱いたら、髪が腕の内側をくすぐって、気持ちよくて思わずくすくすと笑った。