「でも嬉しい、サンキュ」



私は、靖人のほうなんてとても見ることができず。

健吾くんに返事も送れず、月の輪の下にたたずんでいた。





10月に入ると、いくらか涼しくなり、次の月が見えてくる頃には、駆け足に秋がやってきた。

会わない日々は、予想以上に心穏やかで、清々と過ぎていく。


11月も半ばに差しかかったある日の学校帰り、ドリンクを買おうと入ったカフェで、私は心臓が止まりそうになった。

窓際の席に、健吾くんがいる。


そういえば、美菜さんとは何度も遭遇していたのに、健吾くんと偶然会ったことは、なかった。

私がいることに気づいていない、ひとりのときの健吾くん。

見つからないよう、カウンターの陰に身を隠した。


偶然なんだから、いいじゃん。

駆け寄っても、いいじゃん。

そんな心のささやきを、懸命に静める。


ダメだ。

一度それをやってしまったら、また会いたさだけが先走って、きっと自分を止められなくなる。

それで目先のことにばかりとらわれて、健吾くんの気持ちや優しさを見失ってしまう。


仕事中なんだろう、一人用の丸いテーブルに薄いPCを置いて、スーツ姿でコーヒーを飲んでいる。

ふと腕時計を確認すると、彼が窓の外を見た。

その視線を追いかけて、なにかに撃ち抜かれたような気がした。


窓からは、街並みの奥に、こんもりした高台の木々が見える。

そこには、存在を知っていれば、ここからでも一部を見てとることができる、クリーム色の建物がある。


──私の高校。


健吾くんは、コーヒーを飲みながら、少しの間ぼんやりと同じ場所を眺めて、やがてPCをたたみ、鞄を持って出ていった。

死角に逃げ込むようにしながらやり過ごし、物陰にしゃがみ込んで、熱いものがぐるぐるしている胸を押さえる。

涙がこみ上げてくる。



「あの…お客様?」

「あ、すみません、テイクアウトでホットミルクティのMを」



私に合わせるように、小声でささやいてくれた店員さんに、慌ててオーダーをする。

立ち上がって、涙を拭いた。