「でも嬉しい、サンキュ」
私は、靖人のほうなんてとても見ることができず。
健吾くんに返事も送れず、月の輪の下にたたずんでいた。
■
10月に入ると、いくらか涼しくなり、次の月が見えてくる頃には、駆け足に秋がやってきた。
会わない日々は、予想以上に心穏やかで、清々と過ぎていく。
11月も半ばに差しかかったある日の学校帰り、ドリンクを買おうと入ったカフェで、私は心臓が止まりそうになった。
窓際の席に、健吾くんがいる。
そういえば、美菜さんとは何度も遭遇していたのに、健吾くんと偶然会ったことは、なかった。
私がいることに気づいていない、ひとりのときの健吾くん。
見つからないよう、カウンターの陰に身を隠した。
偶然なんだから、いいじゃん。
駆け寄っても、いいじゃん。
そんな心のささやきを、懸命に静める。
ダメだ。
一度それをやってしまったら、また会いたさだけが先走って、きっと自分を止められなくなる。
それで目先のことにばかりとらわれて、健吾くんの気持ちや優しさを見失ってしまう。
仕事中なんだろう、一人用の丸いテーブルに薄いPCを置いて、スーツ姿でコーヒーを飲んでいる。
ふと腕時計を確認すると、彼が窓の外を見た。
その視線を追いかけて、なにかに撃ち抜かれたような気がした。
窓からは、街並みの奥に、こんもりした高台の木々が見える。
そこには、存在を知っていれば、ここからでも一部を見てとることができる、クリーム色の建物がある。
──私の高校。
健吾くんは、コーヒーを飲みながら、少しの間ぼんやりと同じ場所を眺めて、やがてPCをたたみ、鞄を持って出ていった。
死角に逃げ込むようにしながらやり過ごし、物陰にしゃがみ込んで、熱いものがぐるぐるしている胸を押さえる。
涙がこみ上げてくる。
「あの…お客様?」
「あ、すみません、テイクアウトでホットミルクティのMを」
私に合わせるように、小声でささやいてくれた店員さんに、慌ててオーダーをする。
立ち上がって、涙を拭いた。
私は、靖人のほうなんてとても見ることができず。
健吾くんに返事も送れず、月の輪の下にたたずんでいた。
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10月に入ると、いくらか涼しくなり、次の月が見えてくる頃には、駆け足に秋がやってきた。
会わない日々は、予想以上に心穏やかで、清々と過ぎていく。
11月も半ばに差しかかったある日の学校帰り、ドリンクを買おうと入ったカフェで、私は心臓が止まりそうになった。
窓際の席に、健吾くんがいる。
そういえば、美菜さんとは何度も遭遇していたのに、健吾くんと偶然会ったことは、なかった。
私がいることに気づいていない、ひとりのときの健吾くん。
見つからないよう、カウンターの陰に身を隠した。
偶然なんだから、いいじゃん。
駆け寄っても、いいじゃん。
そんな心のささやきを、懸命に静める。
ダメだ。
一度それをやってしまったら、また会いたさだけが先走って、きっと自分を止められなくなる。
それで目先のことにばかりとらわれて、健吾くんの気持ちや優しさを見失ってしまう。
仕事中なんだろう、一人用の丸いテーブルに薄いPCを置いて、スーツ姿でコーヒーを飲んでいる。
ふと腕時計を確認すると、彼が窓の外を見た。
その視線を追いかけて、なにかに撃ち抜かれたような気がした。
窓からは、街並みの奥に、こんもりした高台の木々が見える。
そこには、存在を知っていれば、ここからでも一部を見てとることができる、クリーム色の建物がある。
──私の高校。
健吾くんは、コーヒーを飲みながら、少しの間ぼんやりと同じ場所を眺めて、やがてPCをたたみ、鞄を持って出ていった。
死角に逃げ込むようにしながらやり過ごし、物陰にしゃがみ込んで、熱いものがぐるぐるしている胸を押さえる。
涙がこみ上げてくる。
「あの…お客様?」
「あ、すみません、テイクアウトでホットミルクティのMを」
私に合わせるように、小声でささやいてくれた店員さんに、慌ててオーダーをする。
立ち上がって、涙を拭いた。