ぐいと腕を引っ張られ、お座敷の上で転がりそうになる。

なおも容赦なく私を引っ張り、ピンク色の気配が漂いはじめた掘りごたつ席から私を引きずり出したのは、凛々しいスーツ姿の男の人だった。

テーブル席のほうにいたらしく、お座敷の上がり框に腰かけて、こちらに手を伸ばしている。

これが健吾くんだ。



『やっとこっち終わったから、行こう』

『え、あの…』



有無を言わさず私の手をとり、コートとバッグを持たせた。

無視された大学生が、ここでようやく『この人、知り合い?』と怪訝そうな目を私に向けてくる。

早く逃げようと必死で靴を履く私の横で、脚を組んで待つ健吾くんが、冷ややかに振り返った。



『え?』

『…なんでもないです』



相手はどう見ても社会人だ、完敗だろう。

お店を出ると、冬の空気に冷やされて、ほっとした。

慣れないことはするものじゃない。



『あれ? 私、お会計…』

『あ、大丈夫、大丈夫』



駅のほうに向かいながら、健吾くんがひらひらと手を振る。

なにが大丈夫なんだろう。

まさか代わりに払ってくれたのか。



『あの男の子たち、テーブルに財布出しっぱなしだったからさ。その中から支払っといた』

『え、私たちの分もですか』

『分を、だな。あいつらの会計なんか知らねーもん』



なんと…。

私はこの世慣れたサラリーマンのことが、気になりはじめていた。

見た感じ、あの学生さんたちとそう年齢も変わらなそうだけど、やっぱり社会に出ているせいなのか、すごく落ち着いて見える。



『あの、ありがとうございました』

『今度から気をつけなね、このへん連れ込む場所多いんだから、自衛しないとアウトだよ』