「あの、理由とか聞かないの?」

「聞いてほしけりゃ聞くけど」

「えーと…」



私としては、兄の賛成がない中で、これ以上健吾くんと会っても、誰も幸せじゃないし、少なくとも私はこれまでのようには楽しめないと思うので。

兄に認めてほしい気持ちはあるけれど、それ以前に自分がいろいろとぐらついているのを痛感し、とてもそんな偉そうなことは言えないとわかったので。

一番甘やかしてくれて、かつ私が一番傷つけてしまう人から一度離れて、やることやって、少しばかりの成長をして、ましになった自分でまた会いたいと思ったわけなんだ。


これ全部、説明する予定でいたんだけれど、いざ口にしようとすると、思っていた以上にただのわがままに思えて、口を開けたまま固まった。

健吾くんが頬杖をついて、そんな私を面白そうに見ている。



「俺さあ」



ちょっとすがめた目で、私を見下ろすようにしながら、彼は珍しく、焦らすような話し方をした。

続きを待っているのに、なかなか来ない。

かたずをのんで見守っていた私に、くすっと笑って、ソファの背に寄りかかる。



「つきあって、って郁が言ってくれたとき、やっぱり高校生だし、物理的な距離とか時間とか、そういう難しさはあるだろうなって思ったんだよね」



当時を思い出しているみたいに、少し目を伏せて、口元を微笑ませている。



「それ以前に、この子はいきなりいろんな体験をして、正直ちょっとおかしくなってるから、その勢いに俺が乗っちゃまずいだろとか」



私が吹き出すと、健吾くんもちらっと目を上げて、一緒に笑った。

いろんな体験、させてくれたよね、ほんと。



「でも、そういうの置いといて、目の前の女の子について考えるとね」



涼しい店内で、健吾くんはまだスーツの上着を着ている。

あのときと同じ色、ネイビーのスーツ。

凛々しくて涼やかで、何度見たって見とれるほど似合う。



「大胆なくせに、びっくりするほどもの知らずだったり、さみしいこともあるだろうに明るくてまっすぐで、周りに感謝することとか、もうちゃんと知ってて。そういうの、すごくよくて、全部かわいくて」



そこで言葉を切ると、健吾くんは、そのあたりに思い出があるみたいに、優しい視線を下のほうに向けて、じっと口をつぐみ。

それから、柔らかな声で言った。



「俺、絶対この子のこと愛せるって、思ったんだよね」