「別に、怒らなかったのにね、お母さん」

「なあ。見つかったときは、なんて言われたんだ」

「なんて言われたかなあ」



きれいにした位牌と仏具を兄と一緒に仏壇に並べ、こういうときだけつけるろうそくに火をともした。

蝋の溶ける、懐かしい香りと一緒に、ふっと記憶がよみがえる。

優しい声。


──そんなに泣かないの。


笑いながら抱きしめてくれる、細い腕。



『ごめんね、お母さんがもっと早く気がついてあげればよかったね。なんか様子が変だなって、思ってたんだよねえ』



よしよしと背中をさすってくれる。



『郁ちゃんは、秘密がへたなんだから、もうしちゃだめよ』

「あ」



思わず声を出してしまい、口を押さえた。

涙が駆け上がってきたからだ。

兄が目を見開いて、そんな私をじっと見つめ、やがて彼らしい、優しい笑顔を見せる。



「郁実」

「ごめん」



仏間に片肘をついて、仕方ないなあって顔で、「ごめんじゃなくて」と首をかしげて私をのぞき込んだ。



「俺、お前が母さんたちを恋しがっても、傷ついたりしないぞ」



はっとした。

私が兄の前で、見せないようにしていた気持ち。

母が亡くなってすぐの頃からそうしていたので、最近じゃもう、習慣になってしまい、見せないようにしていたことも忘れていた。


だってお兄ちゃんに悪いかなと思って。

一生懸命、私の保護者をしてくれているお兄ちゃんの前で、お母さんに会いたいなんて、それこそ死んでも言えないと思って。

視界が緩みはじめた私を、兄が微笑んで見ている。



「…なんでわかるの?」

「兄貴だからだ」

「すごいんだね、その兄貴とかいうの」

「すごいだろ」