顔を伏せたまましばらく考えて、がばっと頭を起こした。

柔らかいライトの中で微笑んでいるのは、この部屋の中で見るなんて考えもしていなかった顔。



「け、健吾くん…?」

「いつもそんな調子で靖人くんこき使ってるのか、郁実さまだな」



偶然だろうけど、夕方の靖人とまったく同じ格好で椅子に腰かけて、背もたれの上で腕を組んでいる。

私はすっかり混乱して、口をぱくぱくさせた。



「あれ、え、なんで…?」

「とってきてやるよ、冷たくて甘いなにかだな?」



愉快そうに笑う口元には、黒ずんだあざができている。

立ち上がろうとするので、慌てて引き留めた。



「いいよ、健吾くんがそんなこと」

「靖人くんから看病も引き継いでるから。冷蔵庫開けるよ」



そう言って出ていってしまう。

ひとりになった部屋で、ぐるぐると考えた。

なにこれ?


健吾くんが持ってきてくれたのは、紙パックのりんごジュースとペットボトルのスポーツドリンクだった。

驚きも手伝って、ものすごく喉がかわいているので、両方とももらうことにする。



「靖人が呼んだの?」

「そうだよ、びっくりしたろ」

「いつの間に連絡先を…」

「花火のときに、向こうからね」



抜かりないな、靖人…。

壁の時計を見ると、9時前。

会社帰りに来たんだろう、健吾くんはスーツだ。



「郁の部屋、初めて見たな」

「子供っぽいでしょ、家具変えてないから」

「実家って感じで、落ち着くよ」



微笑んで、椅子の上から興味深げに室内を見回している。

カーテンは日に焼けたピンクだし、タンスには小さい頃貼ったシールがそのまま残っているし、そもそも片づけてもいないし、なかなか恥ずかしい。



「来てよかった。お兄さんのいないときに家に上がるとか、ちょっと抵抗あって、考えたんだけど」

「あの、ごめんね、昨日…」



痛々しいあざに、つい目が行く。

これじゃ会社でも、いろいろ訊かれただろうに。

健吾くんは安心させるようににこっと笑って、首を振った。